大阪桐蔭・辻内、豪速球の悩み 球速表示は見ないと決意

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1: 風吹けば名無し 2017/10/20(金) 17:07:51.26 ID:BARPWEaTd

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171020-00000023-asahi-spo
甲子園の中堅にそびえ立つ電光掲示板。その右側にある球速表示に「150」を超える数字が出れば、観客はどよめく。そんな光景が見られるようになったのは、2004年春からだ。

【写真】夏の甲子園の主な球速記録

 豪速球は野球の華。その数字で夏の甲子園を最初に沸かせたのは、05年の87回大会に出場した大阪桐蔭のエース辻内崇伸だった。

 1回戦の春日部共栄(埼玉)戦、左腕の投じた第1球が捕手のミットに収まる。背後の掲示板には「148キロ」。辻内には見えてはない。が、観客のざわめきが耳に入る。この打者を三振に仕留めた直球は152キロをマークした。ざわめきは大歓声に変わった。

 甲子園にスピードガンが設置されたのは1992年。だが、その後の12年間は「スピードを競うのは高校野球としてふさわしくない」などとして表示されなかった。

3: 風吹けば名無し 2017/10/20(金) 17:08:39.09 ID:BARPWEaTd
この理由は、辻内にも当てはまる部分があった。17歳の心は、スタンドとは別の意味で揺れていた。
「すごい盛り上がりで。次は捕手だけを見ようと思ったら、視界に入ってきたのはバックネット裏のお客さん。捕手が遠く感じました。その後は、よく覚えていません」。
29歳になった辻内は、こう振り返る。

 世代屈指の左腕は大会前から決めていた。「絶対掲示板は見ない」。
大阪大会から報道陣に聞かれるのは球速のことばかりで、うんざりとしていた。「速い球は持ち味だけど、投手はそれだけじゃない」。
だが、決意とは裏腹に、制球は乱れる。6四死球を与え、2暴投。五回途中で1年生の中田翔=日本ハム=にマウンドを譲った。


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Source: なんJ 高校野球まとめ速報